命のはかなさと生きていることの尊さ

自分がいつまで生きているか?

そんなこと若い頃は考えたこともありませんでした。

何気ない毎日がずっと続いていく、生きるってこと、自分が生きているってことをぼんやりと考えていたように思います。

ですが、最近になって自分の人生ってけっして長くない、むしろ短いって考えるようになりました。

年を重ねるに連れて、近しい人が亡くなることも増えてきます。それに病気やケガに悩まされたりして、命について考えることが多くなります。

命について考えるとすごく不安になるものです。自分自身もそうですが、自分にとって大事な人、愛する人にもしものことがあったらと考えるだけで胸が苦しくなってしまいます。

私にはとても仲が良い親友がいました。いいことも悪いこともなんでも言い合える唯一の存在でした。

お互い就職しましたが、うまくいかずに職を転々としながらも、きっと将来夢を叶えようと語りあっていました。

そんな彼が20代にして、突然亡くなりました。病気でも事故でもなく、いきなりの心停止というショックすぎる出来事でした。

彼の死が悲しかったことはもちろんですが、彼と語り合ったお互いの夢が何も実現されないまま、無慈悲に彼の命に終止符が打たれてしまったことがとても悲しかった、そして悔しかったんです。

ともに将来を語りあった友の死に愕然とした私は、長い間立ち直ることができませんでした。

ここから亡くなった友人の為に自分を奮い立たせて、一生懸命に生きるべきなのでしょうが私はそんなに強い人間ではありませんでした。

自分と彼の人生を重ね合わせて、未来に希望が持てなくなってしまいました。

自暴自棄になったり、無気力になったり全てが負のスパイラルで何もうまくいかない。そんな日々が数年続きました。

そして親友の墓参りに行くこともしなくなってしまいました。 親友が亡くなったことで人付き合いをするのが嫌になってしまいました。

友達も家族も親戚も近所付き合いもすべての人間関係を放棄しました。 そして考えることが嫌になり、ひたすらギャンブルに没頭していました。

そして自分への誇りや自尊心もなくなってしまいました。 家族に心労を掛けることも増えていき、それが原因で遂には父も母も病気を患うようになりました。

生きるって悲みと絶望に溢れている、そんな思いしかありませんでした。 私は親友が亡くなるまで、運よく大きな不幸に出会うことがありませんでした。

それが一つの命が亡くなる事がきっかけで自分の見える世界が180度変わってしまいました。

人生は映画やドラマのように感動的で納得のいく終わり方ではありません。むしろ後味が悪くてもやもやとして、思い出せば悲しくて仕方ないのです。

一人の命って実は自分が思っている以上に大きな力を持っているのです。だからこそ大きなショックを受けます。

 

そんな私ですが、久しぶりに友人の墓参りに行きました。

「しばらく顔を出さないでごめんね、さすがにもう成仏してくれたかな。」

墓は新しい花がすでに飾ってありました。彼の家族が飾ったのでしょう。 なんだか胸がスッとして、少し前を向いて歩けるような気がしました。

「命のはかなさと生きていることの尊さ」への6件のフィードバック

  1. 実現したいことがある人生は短いのではないでしょうか。
    短いと感じられる人生は幸せな気がします。
    やりたいことのない人生や生きていてもしかたがない人生ほど悲しい人生はありません。
    やりたいことはその人の内側から生じるため他人に左右されるものではありません。
    やりたいことを実現するためにとにかく生きる人生のありがたさをかみしめて生きていきたいものです。

  2. 長いようで、短いようで、人生や生きることは答えがなくて、儚いようで…ご友人との別れを乗り越えられたからこそ、これからはご自分のことも、より大切にできるようになるかもしれませんね。

    私も自分の人生後悔しないよう、1つずつ丁寧に生きていきたいです。

  3. 昨年、親戚が相次いで入院・手術をしたり、なくなったりしました。
    また、私自身も30代になって衰えを感じたり、ちょっとした健康状態の変化に憂鬱になることが増え、その場で足踏みばかりしていました。

    私も、生きることの尊さに目を向けられるようにしたいと思いました。

  4. Yousukeさんこんにちは!
    私が最近考えていたことと、シンクロする部分があり驚きました。
    10代20代の頃は考えたこともなかったのですが、最近、「また来週ね」なんて言って、友達と別れる時、来週確実に会えるという確証はないのだと考えるようになってきました。
    クリスマスが終わった時も、クリスマスって永遠に毎年やってくるわけじゃないなーなんて。
    すべてのものが移りゆく世界に住んでいるのだから、自分自身だって、例外ではないんだなと思います。

  5. こんばんは(ノ∀`*)
    とても真面目に物事を捉え生きてこられたのですね。文章からそんな風に感じました。
    もし私が同じ体験をしたとしたら、大切なお友達の人生がプツリと途絶え、急に目の前に居なくなり、声をかけることもできなくなる。なんだかまるで私がその友人に見捨てられたように感じてしまうかもしれません。
    友人はあなたに自分のことを深く刻んでくれたことを感謝しているのではないでしょうか。もし私が死んだとしたら、忘れられるよりもなにか人の心に残っていたいと思うでしょうから。願わくば、これから生きていく力になれるような記憶を残して行きたいものですね。

  6.  人ひとりの人生って本当に短く感じること、私も多々あります。私も身近な人の死を経験してから、人はいつ何時命を失うかわからないんだど教えてもらいました。だからこそ後悔のないように生きなければ・・・とも思えるようになりました。「あとでやればいい」とか「また今度」という言葉は命があって当たり前という発想のもとで発せられている言葉のように感じます。ですから、なるべくその言葉の回数を減らして生きていくように心がけています。Yousukeさんもそういったことをお友達から教えてもらったのですね。悔いのないように、またそのお友達と会った時にお礼が言えるようにしっかりと残りの人生を生き抜いていってくださいね。

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